体験記  矢臼別の自衛官との対話

北海道高教組小樽支部書記長 中川 匡史

矢臼別平和盆踊りに出かけたときのこと。
 日中、時間を持て余して「団結道路」の散歩に出た。池のあたりで、「たっくん」という霧多布の子どもが「案内してあげるよ」とついてきた。
 道の両側に張られている「立入禁止」のロープを癪に思いながら、浦さんの家に到着。川瀬さんの旧宅を写真にとったり、たっくんと雑談したあと、帰り道につくと、途中でロープを点検している自衛官に出くわした。年の頃は40、4〜5才。部下を持つ人のように見える。
 「偵察ですか?」
「偵察だなんてとんでもない。演習場内の見まわりです。」
同じことじゃないかと思いながら、道なりに彼との対話が始まった。
「ご苦労さまです。でも暑いでしょう?」
 「いやー。でも、自分は岡山から来ているので平気です。」
 「機動演習かなにかですか?」
「いえ。そうではなくて、一年前から家族と一緒に別海に異動です。」
そうか。自衛隊でも異動の対象になるのは幹部候補だと聞いたことがあるが……。
「たいへんですね。矢臼別はどうですか?」
 「広いし気候もいいし、いいところです。」
 「でも、お子さんといっしょなら、学校は大丈夫でしたか?」
「はい。一番そのことを心配していましたが、こちらの人はおおらかで温かかったので助かりました。内地では、なかなか溶けこめないこともあるのですが……」
喜ぶべきか怒るべきかわからない発言だが、ほめ言葉ととっておこう。その時、たっくんがポツリといった。
「どうして、ここで練習しているの?」
 「ここは、広いから新しい機械や戦車の訓練が思う存分できるんだよ。日本では他にいいところがないし。」そのとき大きな爆破訓練の音。「ちょっとうるさいけどね。……。アメリカの兵隊もここにくるよ。」
「そんなに新しい機械ができてるんですか?」と私。
「それはもう。でも本当に大事なのは、『練度』をあげることです」
「練度」という言葉を聞いて、たっくんは怪訝そうな顔をしている。
「練度というのは、一生懸命練習して、うまくなることだよ。たとえば野球でも、素振りの練習をしっかりしないと、チャンスのときホームランが打てないでしょう?」
「チャンス」といい「ホームラン」といい、ひっかかるところが多いが仕方がない。この機会に前から聞きたいと思っていたことを聞いておこう。
 「新兵器には、コンピューターが相当入ってますよね?」
「はい。もう何にでも入ってきてます。でも、その方面でもアメリカがやっぱりすごいです。とても太刀打ちできません。」
「いまは、アメリカと仲がいいけど、そんなに信用していいんですかねえ。」
 「う〜ん。遠い将来は別にして、いまは仕方ありません。アメリカが気に入らないからといって、まさか第二次大戦のときのようなことはできませんから。自分が現役のときはありえないけど、先々は『国連』がアメリカのかわりになるのかもしれません。それに、通信網では、ちゃんと日本にとってまずいことは、隠せるようになってると思いますよ。」
本当だろうか。そのあとも続けて、たっくんに練習の意味や自衛隊の仕事を熱心に説明している。
そうこうするうちに川瀬牧場が近づいてきた。今度は逆に彼の方から、
 「今日はだいぶん集まりますか?」
 (あてづっぽうで) 「そうですねえ。毎年5〇〇人くらいです。」
「なんだか、みなさんずいぶん楽しそうですね。」
「ええ。どうですか?夜になったら見に来ませんか?」
「うん。行きたいのはやまやまですが……。」
池の近くまで来て、かれは「これ以上は近寄れない」といった。たっくんにも「元気でね。バイバイ」と挨拶した。
 川瀬牧場への短い坂道を上りはじめて振り返ると、彼はまだ分かれたところに立って子どもたちの魚釣りをニコニコしながらみていた。たっくんが手をふると、彼も手を振りかえした。10分ほどの時間だったが、まじめで善良な人のように見えた。
 彼もこちら側に来て、子どもたちといっしょに魚釣りをしたり、盆踊りにでればいいのに……と思った。